(社)全日本カイロプラクティック学会(ANCA)
小野 久弥  松本 吉正  福岡 盟人  小川 美由紀
松本 清香  吉野 俊司  大槻 佳広  森田 全紀

背景

平成24年8月2日に、独立行政法人国民生活センターより「手技による医業類似行為の危害」 -整体、カイロプラクティック、マッサージ等で重症事例も-が発表された。
日本では現在マッサージ、指圧、整体、そしてカイロプラクティックなどは健康維持や疾病の予防・治療の目的で日本全国において広く利用されている。これらの手技療法はいわゆる器具を使用しない手技による医業類似行為であるが、その施術を受けての危害であると言う報告であり、その相談は2007年度以降の 5年間で825件も寄せられており、しかもその件数は年々増加傾向にあるということであった。以下のグラフはその受けた施術の内容と危害の件数である。
(このデータは国民生活センターに寄せられた、危害を受けた施術の内容である)

国民生活センター発表グラフ化

報告は上記グラフのような内容となっており、危害を受けた施術の内容は、危害の多い順番に7種類に分類されており、その中でカイロプラクティックは危害の多い順から4番目にランク付けされている。現在日本における、いわゆる器具を使用しない施術者の手技による医業類似行為は、法的資格制度があるあん摩マッサージ指圧や柔道整復とその他の手技療法の2つに大別されていて、器具を使用しない手技による医業類似行為はそれぞれ

  1. 法的な資格制度があるもの
  2. 法的な資格制度がないもの

に分類される。そして法的な資格制度があるものに関しては、あん摩マッサージ指圧と柔道整復が含まれる。
また、法的な資格制度がないものに関してはその他の施術(整体、カイロプラクティックなど)となっている。
法的な資格制度があるあん摩、マッサージ指圧及び柔道整復は、文部科学大臣認定校を、または厚生労働大臣の認定施設において3年以上の教育を受けた上で、国家試験に合格した者のみ業として行うことができる。また、施術所を開設する場合は、所在地の都道府県知事に届出が義務付けられている。
ただし、今回の危害の報告は法的な資格制度のある手技療法においても報告されている。
一方で、「日本では法的資格制度がない整体や、カイロプラクティック等、その他の手技による医業類似行為については、その法令がないために、いわゆる誰でもが開業、施術できる環境にある。したがって施術者の技術水準や施術方法は、ばらばらな状況にある。」(独立行政法人国民生活センター)
では現在の日本国内においてのカイロプラクティックの法的取り扱いはどうであろうか
以下の文章は、平成3年6月28日当時の厚生省医事第58号?医業類似行為に対する取扱いについて、各都道府県衛生担当部(局)長あてに当時の厚生省健康政策局医事課長から出された通知の中の「カイロプラクティック療法について」である。

「医業類似行為に対する取り扱いについて」

いわゆるカイロプラクティック療法に対する取り扱いについて
「近時、カイロプラクティックと称して多様な療法を行う者が増加してきているが、カイロプラクティック療法については従来その有効性や危険性が明らかでなかったため、当省に「脊椎原性疾患の施術に関する医学的研究」のための研究会を設けて検討を行ってきたところである。今般、同研究会より別添のとおり報告書がとりまとめられたが、同報告においては、カイロプラクティック療法の医学的効果についての科学的評価は未だ定まっておらず、今後とも検討が必要であるとの認識を示す一方で、同療法による事故を未然に防止するために必要な事項を指摘している。こうした報告内容を踏まえ、今後のカイロプラクティック療法に対する取扱いについては、以下のとおりとする」とある。そしてその内容は(1)禁忌対象疾患の認識、(2) 一部の危険な手技の禁止、(3)適切な医療受療の遅延防止(4)誇大広告の規制、などについての項目に分類されており、第一に医師の明確な診断がなされているものに関しては、カイロプラクティック療法の対象とすることは適当ではないとされている。
しかしここで確認しておきたいのは、この研究報告は通称、三浦レポートと言われているもので、当時の厚生省が科学技術研究費を使い、三浦幸雄教授(東京医科大学)を含む7名の整形外科医に委託し調査研究した報告である。またこの調査は1989年ごろから約1年半かけて実施されており、報告は1991年3 月に答申された。厚生省はこの報告に基づいて1991年7月におおよそ同じ内容の行政通知を全国の都道府県衛生部に送付し、カイロプラクティックの安全性と有効性を認めないとする報告をした。しかしこの報告の内容は参考文献が一切なく報告書としては不十分なものであった。この三浦レポートが作成された背景には、おそらく世界基準の教育を受けてないであろう者がカイロプラクティック施術を行い治療事故が増えたためであったといわれている。当時この報告内容は各界からの大きな反響や批判を招いた。マスコミはその後数年間カイロプラクティックの危険性を強調した報道を行い、あん摩、鍼、灸業界は手緩いと強く批判し、カイロプラクティック業界はこの研究は人選・方法に問題があり、参考文献もない非科学的な「研究」であることを指摘した経過があり、その後現在に至って未だなんの進展もないままであるということである。
一方海外のカイロプラクティックに目を向けて見れば、カイロプラクティックはアメリカを起点とし、世界中に広まって行われており、およそ40の国や地域で法制化されている。またアメリカ合衆国、カナダ、ヨーロッパの数カ国では、カイロプラクティックはすでに法的に認識されていて、しかも公式な大学の学位が確立され、カイロプラクティック施術者であるカイロプラクターが、レントゲン診断や一部の医学的な診断さえ行うことが認められるなど、ヘルスケア・サービスとして社会的に認められ、公的または民間医療保険適用の医療としても認められ職業として規制されており、所定の教育基準が定められている。そして各承認機関の必要条件を満たした上での施術を行っているのが海外先進国の現状である。また最近では、アメリカでバラック・オバマ大統領がカイロプラクティックの重要性と必要性を謳うなどカイロプラクティックはその有効性、そして経済性効果が医療制度改革にも貢献している。
ところが日本においてはすでにカイロプラクティックは、全国に普及してはいるものの、日本国内にはカイロプラクティックの正規な業務や教育について規定する法律は確立されていない。したがって施術者個人、個人のカイロプラクティック教育に於いて、その内容に大きな隔たりがあり、医学教育についての浅学者や、カイロプラクティック哲学や倫理感の欠如、また技術不足、臨床実践不足者などが既に開業し、実際に施術に携わっているのである。そしてその危険性は異口同音に叫ばれていて、社会問題となってこの報告に表れている。

目的

カイロプラクティックが法制化されていない日本国において、カイロプラクティックが存在できる、また継続して施術が行えるのは、施術の効果はもちろんであるが、施術における安全安心が第一条件である。
本来なら患者の安全安心を担うはずのカイロプラクティック施術者(以降カイロプラクターと言う)による危害の報告を受けて、このたび、日本国内におけるカイロプラクターのカイロプラクティック教育レベルの現状を調査して、世界保健機関が2006年に発行した「カイロプラクティックの基礎教育と安全性に関するWHOガイドライン」とのカイロプラクティック教育レベルを比較して、日本におけるカイロプラクティックの教育レベル(教育機関の種類、科目数、時間数、修業期間)などの差異を明確にし、その解決策を考察する。

本論

「カイロプラクティックの基礎教育と安全性に関するWHOガイドライン」以降「WHOガイドライン」というにおけるカイロプラクティックの定義は、本来カイロプラクティックとは「神経筋骨格系の障害と、それが及ぼす健康全般への影響を、診断・治療・予防する専門職であり、関節アジャストメントおよび/もしくはマニピュレーションを含む徒手療法を特徴とし、特にサブラクセーションに注目する」とある。
*サブラクセーションとは「神経系の健全性に影響を及ぼす、関節の機能的、構造的、病理的関節変化の複合であってそれが各器官機能や健康全般に影響を与えるものである。」と謳われている。
言い換えれば、人体中にある200数個の骨と骨がなす関節のあらゆる原因からくる関節の変化は神経圧迫を起こし、それが病因になることが多いというものである。
これら関節の多種変化における健康全般に与える影響へのカイロプラクティック施術効果についてはこれまでに、多数の症例報告や、学術論文等が世界中で報告されている。そして海外の政府によるカイロプラクティックの法律がある国ではカイロプラクターと呼ばれている施術者は国で規定された必要条件を満たす教育や資格試験をクリアーしており、カイロプラクター個人についての安全レベルや医学的な専門知識は担保されている。しかし日本国内ではその施術効果が認められているカイロプラクティックを行う側である施術者の教育レベルについての詳細な調査報告は未だされていないのが現状であり、施術を受けるエンドユーザーの安全安心は決して保証されている訳ではない。
日本には現在、カイロプラクティックを規制する法律はない。日本には現在、自称カイロプラクターは2万人から4万人あるいはそれ以上いるとも言われておりその施術者が開業、カイロプラクティックの看板を掲げて施術を行なっているのが現状である。
WHOガイドラインは日本のようにカイロプラクティックが法制化されていない国々においての国民と患者を保護し、正規で安全なカイロプラクティックの実施を推進するために発行されたものである。
このWHOガイドラインが定めるカイロプラクティックの基礎教育内容は以下の表のように、すでにカイロプラクティックが法制化されている国と、日本のように現在は法律がないが、法制化を目指しながらカイロプラクティックの業者がいる国や地域においての許容できる最低限要求される教育である。
したがってその教育には、修業期間や教育総時間数、臨床教育時間などについて細かく定められている。またその教育内容においてはカテゴリーⅠ(すでに法制化されている国や地域での教育)とカテゴリーⅡ(法制化されていない国での教育)に分類されている。

whoの教育ガイドライン

カテゴリーⅠとは、正規なカイロプラクティック教育で、この教育は、先進国アメリカやイギリスなどカイロプラクティックについての法律がある国での必要条件を満たす教育である。
そしてそのカテゴリーⅠも(A)と(B)に分類されている。
Ⅰ-(A)については

  • 大学レベルの基礎科学で1~4年の予備コースの後、専門大学または総合大学での4年間のカイロップラクティックフルタイム教育。
  • 公立または私立大学で行われる5年間のカイロプラクティックの学士コースが組み込まれたまれた学士プログラム。新入生は大学入学資格を必要とし、大学の入学条件や募集条件に準じる。
  • カイロプラクティックの学士プログラムまたは適切な健康科学の学位を取得した後に2~3年の前専門修士プログラム。

Ⅰ-(B)については

  • 以前に医学および他のヘルスケア職業教育を受けた学生のためのプログラム。このコースでは、学生の過去の教育歴によって教育期間や科目要求が異なる。医師やその他の資格を持っている人への教育である。

カテゴリーⅡとは

  • 限定的なカイロプラクティック教育でカイロプラクティックを導入しているが、現在法律のない国や地域における医師やそれに類似するヘルスケア従事者に対する限定的なカイロプラクティック教育。これは正規の資格につながるものではない。そのような教育は、正規な教育を構築するための第一ステップ、すなわちカイロプラクティック導入のための一時的な措置であるべきである。そのようなコースは登録に必要な最低限のもので、当然、適切で正規なプログラムが実施可能になれば、ただちにそれに置き換えられるべきである。 従って現在の日本はこのカテゴリーⅡに該当する。

そしてカテゴリーⅡも(A)と(B)に分類されている。
カテゴリーII(A)

  • コンバージョン(転換)プログラムは、以前に医学および他のヘルスケア職業教育を受けた学生が 「限定的」なカイロプラクティック資格を得るためのものであり、便宜上構築されるべきで、パートタイムの教育で最低限の条件を満たすものである。但し、正規の資格につながるものではない。

カテゴリーII(B)

  • このコースは希望者の過去の教育歴や経験によって、内容や期間が大幅に異なる。
    このコースを修了するときには、学生はカイロプラクティックの学士レベルという条件で、パートタイムの学習を通して安全で基本的なカイロプラクティクケアを提供するための十分な知識と技術を修得する。但しこのコースは正規の資格につながるものではない。

WHOの教育ガイドラインにおけるカテゴリー別の修業期間、教育総時間数、臨床教育総時間数、はカテゴリーⅠでは、修業期間は全日制で4年、対面教育時間数4200時間以上、また臨床教育時間数は1000時間以上の教育時間数となっており、対象国はアメリカイギリス、カナダ等の先進諸国となっている。

方法

この度、このWHOガイドラインの教育基準と現在の日本国内のカイロプラクティック教育レベルとの比較を行った。
そのための調査方法として、今回は現在日本で行われていると思われるカイロプラクティック教育を、NTTの提供するタウンページのインターネット版、インターネットiタウンページ(以下iタウンページと言う)を利用して、2012年8月29日現在にインターネットにカイロプラクティック教育のホームページや、サイトとして登録されているカイロプラクティック教育についてヒットしたデータをすべてリストアップし調査した。
調査手順としてはまず、iタウンページにてカイロプラクティックをキーワード入力し、リストアップされたデータから、更に都道府県を選択し、都道府県ごとに学校、学院、スクール等を表記している施設をすべてリストアップし、リストアップした施設から、1施設ごとに入学案内や資料を取り寄せて、教育機関の種類(大学、専修・専門学校、私塾)時間数、科目数、修業期間等をWHOガイドラインの国際教育基準と比較し、その差異を明確にした。

調査方法

*(この調査はANCA独自の研究であって日本国内でカイロプラクティックを行う者として、公平な立場で調査研究したものである。)

結果

検索結果、カイロプラクティック入力でヒットした件数は、検索総件数11、169件あった。次に都道府県ごとに検索したデータの中から学校、スクール、カレッジ、学院、アカデミーなどを入力しヒットした件数を精査すると189件であった。189件の中で教育機関として表記してあるものは102件あった。
その102件の中から入学案内や教育内容資料などを取り寄せ、または電話で問い合わせするなどして調査した結果、カイロプラクティックの教育としてのカリキュラムが明確に公表されている施設はわずか9件であった。また102件の中には電話で問い合わせすると口伝のみでしか伝授できないと言った教育者がいたのも事実である。

結果

その9施設の資料から、教育カリキュラムをWHOガイドライン教育基準と比較するマトリクス表を作成し、精査した結果、WHOガイドラインに準拠した教育を行っているカイロプラクター養成施設は9施設のうち1施設のみであった。
その他の施設は、時間数、科目数、修業期間の何れかにおいて、またそのすべてにおいてWHOガイドライン教育基準を満たしていなかった。
しかし、その基準をクリアーしている国際基準準拠施設も日本の大学教育機関の所管するカイロプラクティック施設ではなかった。

結果2
以上のように、日本にはWHOガイドラインに準拠したカイロプラクター養成施設は1箇所存在した。しかし現在カイロプラクティックは日本国内では公的資格や、国家資格ではない。したがって、カイロプラクティック施術における安全を保証する公的機関もない。その結果が今回の独立行政法人国民生活センターの危害報告となって報告されているのである。

考察

今回の調査方法は、あくまでもインターネット検索という方法論での調査結果であって当然それ以外の調査方法もあり得る。したがって研究においての限界があり得ることを承諾頂きたい。
今回の調査結果においては、日本にはWHOガイドラインに準拠したカイロプラクター養成施設は1箇所存在した。しかしそれは日本国の大学教育ではない。この現実はカイロプラクティック先進国から見れば、法制化されていない日本のカイロプラクティックは、日本での唯一WHO教育基準準拠のその養成施設も私塾同然であろう。
世界各国においては先進諸国及び40数カ国もの国や地域において、カイロプラクティックは法制化され、公式な大学の学位が確立されている中、日本のカイロプラクティック教育においては未だ無法状態であり、開発途上国以下であると言える。
そしてなによりも今、カイロプラクティックがより良い医療サービスとして国民に提供できる限られた医療資源として、少なくとも患者を守るための安全性、有効性、経済性を担保するために、日本には早急なカイロプラクティックの法制度の整備と、教育制度の充実が切望される。日本にはカイロプラクティックを管轄する機関や、法律がないことが第一の問題点であると考察する。

結語

今後の日本において、カイロプラクティックがより良い医療サービスとして国民に提供できる限られた医療資源として、少なくとも患者を守るための安全性、有効性、経済性を担保するために、日本には早急なカイロプラクティックの法制度の整備と、教育制度の充実が切望される。

参考文献

背景
  1. 平成24年8月2日発表 独立行政法人国民生活センター報道発表資料
  2. 厚生省 平成2年度 厚生科学研究「脊椎原性疾患の施術に関する医学的研究」報告書
  3. 日本カイロプラクターズ協会2006年発行「カイロプラクティックの基礎教育と安全性に関するWHOガイドライン」
本論
  1. 平成24年8月2日発表 独立行政法人国民生活センター報道発表資料
  2. 日本カイロプラクターズ協会2006年発行「カイロプラクティックの基礎教育と安全性に関するWHOガイドライン」

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